救出1

9月24日。晃が美術棟で事件を起こしたあの日。
学園からの連絡を受けて駆けつけた時にはもう、警察の介入で収拾がついていた。

――晃が教師を刺した。
そう電話で報らされたが、オレには理解できなかった。

晃が刺されたのなら、まだ分かる。
しかし、奴が刺した(!)という点と、刺されたのが中等部の教師だということが、分からない。
高等部に籍を置く晃と、その教師との間にどんな関係があったというのだろうか・・・。
第一、この5月に1年半近くもの療養を終えて復学したばかりの晃が、警察沙汰を起こしたなんて、やはり信じられない。いっそ、間違いであったなら・・・と願ってもみたが、理由の如何を問わず、事実であったらしい。
しかも、オレに連絡があったのは、刺された清野は救急車で、晃はパトカーでそれぞれ搬送された後だった。

何故、穏便に事を収めてくれなかったのか・・・。

復学を勧めていた頃は、平身低頭して腰の低かった学園が、事件を起こしたと見るや、身を翻したように未成年者を警察に突き出したのかと、悔しくてならない。

冴木晃は、オレ――冴木範行の甥に当たる。
晃の父であるオレの兄は、4年前に他界している。以来オレは、晃の保護者として、奴が問題を起こす度、学園に出向いていた。
曰く、「単車を無免許で暴走族と乗り回していた。」「喧嘩で補導された」「校内で喫煙していた。」等々。
幸いなことに、万引きをしたとかシンナーを吸っていたとか、そういう類の報告はなかったが、十分悪ガキで通る活躍をしてくれていた。
――今思えば、よく退学にならなかったものだ。(まだ義務教育期間だったから、転校勧告だったかもしれないが)

しかし、一昨年12月の“事故”で大怪我をして以来、体調を崩した今の晃に、事件を起こせる程の体力があるとは思えない。現在、晃の左膝は杖がないと一人で立っていることさえ難しい状態だ。右手だって、肘から下の数箇所に及ぶ骨折で手首が自由に動かないし、握力もほとんど出ない筈だ。
そんな甥が人を刺すなんて・・・。



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救出2

ただ、気になることが一つ・・・。

晃が、ここ一ヶ月くらいまともに帰宅していないこと・・・。
次の絵画展に出品する作品の製作の為、学園にある美術棟に泊り込むと言ったきり、徒歩10分の我が家に帰ってこない。
確かに・・・。杖なしでは歩けない晃が、近いとは言っても学園までの坂道を億劫がるのは分からないでもない。晃が歩くと30分近くかかってしまうし、右手が利かない晃は、左手に杖を持ってしまうと荷物を持つことができない。そんなことも通学の労力を省きたいと思った原因かもしれない。
しかし、差し入れを持っていくオレに対する態度の冷たさは、どう説明すれば良いのだろう。復学する前までは、オレ達はとても上手くやっていたと言うのに・・・。
何故、あいつは変わってしまったのか・・・。

そして、オレは信じられない事を学園長から聞くことになる。
晃がこの日の前夜、退学届を出していたという事。

いくら9月に入って以来、一度もウチに帰って来ない甥とは言え、そんな大事なこと親代わりのオレに一言の相談もなく決めてしまうなんて考えられない。顔を合わせるだけなら、3日に一度くらいはオレが差し入れを持って美術棟に行っていたのだから・・・。
相談する機会はいくらでもあった筈だ。
それに晃にとって学園は、絵を描くことに専念できる場所であった。その為の復学だったのだし、それを放棄してしまうのは、納得できない。

本来、右利きだった甥が、並々ならぬ努力をして左手で昔以上の絵を描けるまでになった。それ程、絵に執着しているのだから。
しかし、目の前に突きつけられた晃自筆の退学届を見てしまったら、本当のことなのかと思うしかない。
「彼との約束では、今の絵を出品するまではこちらに残るという事でしたが、こうなってしまっては絵のほうも完成できるか分かりませんし、昨日付けで、受理するという形にさせて頂きます。」
ひとしきりの説明の後、学園長は至極事務的な口調でそう言った。

刃傷沙汰を起こし、学園の名前を汚した晃などもう必要ないと言うのか・・・。
中等部時代は、展覧会の度に優秀な賞をものにし、陸上の短距離でも県大会出場の常連だった晃には、いつでも学園の名前がついて回っていた。それを簡単に切り捨てるのか・・・。こうなると、怒りを通り越して呆れ果ててしまう。
「――なら。こちらもそう考えさせて頂きます。今後一切、晃には関わらないで下さい。」
言い捨てて学園を後にした。



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救出3

所轄の警察へ行き、留置されている筈の晃に面会を求める。

しかし、事件後すぐのせいか、面会は許されなかった。
せめて事件の概要、若しくは晃の様子だけでも聞きたかったのに、まともな返事はない。仕方なく明日出直すことにし、家に戻った。
知り合いの弁護士事務所へ電話を入れ、晃が人を刺したらしい事、面会を許されなかったことを話し、力になってくれるよう頼んだ。
妹の勢伊子の所へも連絡しようかと思ったが、オレ自身混乱している今知らせるよりも、様子がはっきりしてからの方がお互い建設的な話し合いが出来る気がして受話器を置いた。――これは、失敗だった。テレビ等の報道を先に知った勢伊子に、報告が遅いことをさんざん責められたのだから。

ふと、学園長が言っていた晃の様子を思い出す。
半裸で哄笑が止まらず、何を言ってもまともな反応を示さなかった・・・と。
まさか・・・。
いや、多分あいつだって混乱して冷静な行動が取れなかっただけだ。そう思いたい。まさか、去年の11月から約3ヶ月間入院していた時の病(軽度の統合失調症)が再発した訳ではない、と信じたい。

一昨年の暮れの“事故”で大怪我をし、記憶や言語まで障害を負った晃は、約9ヶ月のリハビリ生活ののち退院したが、2ヶ月もしないうち今度は睡眠薬の濫用で胃に穴をあけ、統合失調症まで病んでしまった。
当時、記憶障害で不安定だった晃は、オレの店(喫茶店)に来る中等部時代の同級生達のする昔話――彼らは晃の記憶が戻る助けになればと、中等部の頃の話をしていたに過ぎないのだが――に、ストレスを感じてしまったらしい。
その時の入院で胃の5分の2を失ったが、精神科の治療のおかげで心の安定はかなり取り戻した。
また、治療の一環で参加した絵画療法が飛躍的な効果をもたらし、右手の怪我以来、絵を描くことのなかった晃が左手でも絵が描けるようになった。
以来、目を見張るほど元気になって、不安定さはほとんど見られなくなかった。だから、甥が作品製作のため美術棟に泊まりこむと言い出した時も、これといって反対はしなかった。

しかし、こんなことになるのだったら、あんな学校へ戻すんじゃなかった!
考えれば考えるほど後悔で胸が苦しくなる。



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