保護1

J大付属病院に着き、処置室ではまず晃の着せられていたつなぎを脱がせることから始まった。

脱がせる・・とは言っても、ファスナーに取り付けられている南京錠の鍵はないので、ハサミで切り裂いたのだが・・・。黒いゴムのおむつカバーを外し、布おむつも取り去った後に現れた晃の下腹部から思わず目を背けた。
待遇の良くないことは分かっていたが、おむつ交換がいい加減だった事は一目で判る。股間がかぶれてしまうくらいならまだ理解できるが、下腹や脇、背中までも真っ赤に爛れてしまうというのは、どういう事だろうか・・・。
恐る恐る両足を開き、おむつかぶれと言うにはあまりにひどい股間を観察すると事態はもっと深刻だった。
睾丸の裏側や肛門周囲は、筋肉組織が露出して抉れているようだ。外した布おむつには、血の混じった水様便が沁み込んでいる。その出血が腸からのものか、股間の傷からのものか、すぐには判断できない。
ただ、苦しくて痛かったのだろう・・・。
汚れたおむつを外そうとしたのか、カバーを巻かれた上や下に当たる太腿や腹に数え切れない引っ掻き傷が残されている。その事が、オレの胸を熱くする。

「何てことだ・・・。」
一緒に処置室まで入ってくれていた笈川さんが、小さく舌打ちしている。

急遽、外科の医師が呼ばれ、晃の体の検証と処置が行われた。
ほとんど寝たきりだったのだろう。背中や肘、後頭部や踵にまで床ずれができている。一部には骨に達する箇所まであるらしい。――布団もなかったあの檻の床に直に寝かされていたのだから当然かもしれないが、オレが傍にいたら、こんなことには絶対にならなかった!他の外傷は顔や頭の痣や、殴られた時にできたらしい体中至る所にある腫れや切り傷。
そこにいた誰もが、想像していなかった事態に言葉も出ない。

眠ったまま起きる気配のない晃の体に残された痕跡の証拠を残そうと、写真に収めることになった。
「あれっ!?」
急に声を上げたのは、宇梶医師だった。外科の葛生医師となにやら話している。
「冴木さん。踵の骨が、折れているみたいですよ。」
丹念に触診していた葛生医師が、信じられないと言う顔をしている。
何故!?
急ぎレントゲンが撮られ、やはり踵骨が亀裂骨折していることが分かった。折ってから時間が経っているらしく、患部がずれたまま接合しているらしい。正しい位置に戻す為には、手術しかないことを知らされる。
――あまりのひどさに溜め息しか出ない。



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保護2

元から一人で立つことのできない晃が、あの檻での3ヶ月間、寝たきりだったことは容易に想像できる。
暴れてしまった時、健常な右足を床に打ち付けてしまうことがあったのではないだろうか・・・。
膝を壊され、曲げられない左足は、オレが迎えに行った時、鉄格子に固定されて点滴を受けていた。それならば、より自由になる右足を動かしてしまうのは、オレにも解る。しかし、自分自身の骨を折るほど打ち付けてしまうなんて有り得るんだろうか・・・。
現時点では、T精神病院でどの程度の薬を投与されていたのか不明なので、今すぐ麻酔を施し手術するのは危険だそうだ。
なにせ、奪うように退院させてしまったので、症状も薬の種類も全く引き継ぎができていない。前の病院の薬が抜け、素の状態を見ないと診断も治療もできないらしい。
晃には可哀想だが、今は傷の応急処置だけで安静にさせておく他ないそうだ。

治療の為、股間への剃毛が行われ、外科の葛生医師の手で股間の消毒と床ずれの手当てを受ける晃は、眠ったままピクリとも動かない。抗生剤と栄養剤の点滴を入れられ、尿道へカテーテルを挿入されると、晃は保護室へ移されることになった。
T精神病院の言う通り、晃の統合失調症が末期で、暴れることもあるのなら、開放病棟にはいられないだろう。薬が抜けるまでは保護室で監察を続け、その後の病状によって閉鎖病棟になるか、開放病棟になるか決まるらしい。
できるなら、開放病棟の個室が理想だが、オレもすぐにそれは無理だと感じる。
“事件”後、言葉が出ないらしいこと、食事ができないらしいことを宇梶医師に伝え、くれぐれもよろしくと頭を下げる。
やっと、取り戻した晃と再び別れなくてはならないのは辛い。

処置が済んで、清潔な病衣を与えられストレッチャーに移された晃の右手を握り、もう一度寝顔を見る。
ふと、その手の固い事に気付いた。握力のほとんど出なかった筈の右手が、こんなに固く握れる訳がない。不審に思って、もう一度良く見ると、掌に爪が喰い込んでいる。
この事を葛生医師に伝えると、もう一度丹念に右手の状態を診てくれる。
麻痺した関節部は拘縮が起こり易いので、こうなる事もあると教えてくれた。指を開いて傷の手当てをし、掌に厚く包帯を巻いて握り込むことだけは防いでくれた。

晃の傷が広範囲だったので、見落としてしまったと詫びてくれる。T精神病院ではなかったことだ。些細なことだが、こんなことが医師への信頼を強めるのかなと感じる。



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保護3

保護室へ運ばれる晃を見送り、入院の手続きを済ませ、帰路に着いた時にはもう日が暮れていた。
車で笈川さんの事務所まで送り、多忙な彼を長時間拘束してしまったことを詫びる。
「笈川さん、すみません。こんな時間まで付き合わせてしまって・・・。」
「気にすんなよ。それより、一人で大丈夫か?顔色悪いぞ。」

さすがに、いつもの「大丈夫、大丈夫」は言ってくれない。

「なんか・・・。キツくって・・・。おかしいですよね。晃を取り返したんだから、もっと喜んでいいはずなのに・・・。」
疲れが急激に来たみたいで、笑えもしない。
「そうなんだよな。でも、もう宇梶医師にお願いしたんだからひと安心だよ。冴木、不安なのは分かるし、これからの事も見えなくて辛いけど、今日は良くやったよ。」
肩を叩いて労ってくれる。
「こんな日は、酒でも飲んで早く寝ちまったほうがいいのさ。」
そう事務所へ入って行く笈川さんの背中を見送った。

宇梶医師も葛生医師も看護師さんたちも、みんな晃のことを心配してくれていた。
もしも、笈川さんやJ大付属病院の医師たちが力になってくれなかったら、晃はずっとあのままだったかもしれない。
いくら感謝しても足りない位だ。解っている。でも、辛くて仕方ない。


――多分、今夜は晃のことが頭から離れないだろう。



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