桜の木の下で1

「花見をするから来いよ。」
久し振りに木村先輩から連絡を貰った。
ボクはこの4月で高3になるから、木村先輩は美大の4年生になる筈だ。

最近はお互いに忙しくて・・・特に木村先輩は)、あまり連絡も取り合っていなかったから、この思わぬ誘いに戸惑いつつも嬉しくて、即答で「行く!行きます!!」と返事していた。

「珍しい奴がいるから、吃驚するなよ。」
含むような言い方で会場の説明を始める。
「・・・それって・・・?まさか?」
俄かには信じられなくて聞き返す。
「うん、まぁそのまさか・・・だよ。」
可笑しくて堪えきれないように笑い出す木村先輩。

「その会場って、昔の冴木さんちじゃないですか!!」
つい、頓狂な声を上げてしまう。

「そう。久保田は前にあそこんちの桜見たことあるんだったよな?」
見事だったろう?・・・相変わらず木村先輩は呑気だ。そうとなったら、ボクは居ても立ってもいられない。
「だって、冴木さんちっていう事は・・・つまり・・・っていうことですよ!?」
いいんですか??
何度も確認してしまう。
「そういうことだから、ごく近い身内ばっかりなんだけど・・・気にしないだろ?」
先輩の気遣いもほとんど耳に入らない。

出会ってから4年半。
あの屋敷の庭で別れてから4年。
会いたくても会えなかった人・・・に、まさか会えるんだろうか?
考えただけで心臓が飛び出しそうだ。


「そんなに、構えなくても大丈夫だよ。」
駅で待ち合わせた木村先輩は、久し振りに会ったというのにあまりにもいつもの笑顔で言う。



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桜の木の下で2

「だって、4年半振りですよ。」
「そうは言うけど、久保田。おれとだって3年振りくらいじゃねぇ?」
興奮気味のボクに、木村先輩は自分との再会にだってもう少し興奮してくれたっていいんじゃないかと言う。
「え?3年も経ってます?」
会ったなりいつもの顔だったので、すっかり忘れていた。
確かボクが中3で、木村先輩が卒業した年の夏のことだ。
あの時は、美術部に残っていた冴木さんや木村先輩の荷物を引き取ってもらったんだった。
「お前もいい加減、薄情だよな。」
そんなこと言われても、電話やメールでの連絡はたまに取っていたから、離れていた気がしない。

「今日は、あいつの退院祝いも兼ねてるんだよ。」
「え?」
最後に会った時の彼を思い出す。
4年半前の“事件”で精神を病んだ冴木さんは、ボクらの前から姿を消した。
――その半年後。桜吹雪の中、出会ってしまった。
点滴を繋げた車椅子の彼が上げた絶叫。まるで、ボクを拒絶するような・・・以来、再会を果たしていない。

「あ、違う違う!今回はこっちの方。」
そう、頭を指差して「いや、そうじゃなくて・・・!」と慌てる木村先輩。精神を病んでいるのではない、そう強調したかったのだろうか。

「あいつ、この正月に個展開いたまでは良かったんだけど、初日に倒れちゃってさ。」
中学生画家・高校生画家・・・そう呼ばれていた冴木さんは、“事件”以来油絵を描いていない。そう聞いていた。だけど、名前を変えてイラストで個展を開くまでになっていたことは知らなかった。
勿論、そのP.N.には心当たりはあったし、その人の『空』や『桜』を描いた一連の作品が注目を浴びたことも知っている。つまり、それが誰か・・・なんて知らなかったけど、好きな作家の1人だと認識はしていた。

「腫瘍が視神経圧迫してたらしくて。絵描きが目見えなくってどうするんだって手術決めて・・・」
まったく、無茶するよな。そう、成功率が低すぎる手術に臨んだことを木村先輩は教えてくれた。
「それで、こないだ退院して落ち着いたからって、マスターから今日の召集が掛かったわけ。」
木村先輩も、2月に見舞いした後バイトでこっちに居なかったから、冴木さんに会うのはふた月ぶりくらいらしい。
・・・ボクのことを薄情といったクセに、先輩も結構そんなもんだと少し安心した。

「先輩は、今までも冴木さんに会っていたんですよね?」
「そうだよ。マスターの店はおれらの基地みたいなもんだし。」
木村先輩は、事も無げに言う。
「尤も、今あいつは同居してないけどさ。」

冴木さんの叔父さんは、学園から徒歩10分・駅から5分の場所で喫茶店を経営している。大概の生徒は彼の店の常連だけど、ボクは「良かったら来てくれよ」とマスターに言われていたのにも関わらず、自分から寄ったことはなかった。
あの“事件”は忘れ難く、桜吹雪の中の冴木さんは痛ましくて――ボクはあの日以来、彼に関することから心に鍵を掛けたように避けていたのだと思う。

だから、木村先輩という、冴木さんの情報を得るには尤も正確な媒体が居ると言うのに、あんなに会いたいと熱望していたのに、自分から再会しようと動くことはなかった。



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桜の木の下で3

駅から会場の旧冴木邸まで木村先輩のバイクに乗せてもらった。
バイトを頑張って自分で買ったこの大型バイクは、先輩のお気に入りらしく最近はどこへ行くにもこれだと言う。
「旧家のクセに・・・ってことはないけど、駅から歩くんだよな。」
駅からの距離と、地元に昔からあるお宅というのは全く関係ないと思うけど、先輩はそう愚痴る。確かに、冴木さんの叔父さんの店から更に15分は歩くから、普段歩き慣れないボクらに駅から徒歩20分は遠い。
木村先輩にヘルメットを返して、相変わらず立派な武家屋敷風の門構えを振り仰いだ。

――4年前、ここへ紛れ込んだ時のことを思い出す。
あの時は、冴木さんが乗った車を偶然見つけて何も考えずに追って来たんだ。勢いで庭にまで入り込んで・・・。

今回は、不法進入ではないし、木村先輩もいるから咎められることはないのに、何故かドキドキしてしまう。
「木村、遅いよ。」
門脇の小さな扉が開いて、小学生くらいの男の子が顔を出す。
「よぉ、来たの良く分かったな。」
先輩が軽く片手を上げて笑う。
「木村のバイクの音、覚えちゃったもん。だから、中にいてもすぐ分かるよ。こっちから入れるなら閂外すけどどうする?」
「ああ、頼むよ。」 
先輩がそう言うと、扉の内側へその子が消えて大門がゆっくりと開いた。
「こっちから入ると気持ち良いんだよ。」
普段、裏からしか入らないからな・・・そう笑う。確かに、光に満ちて手入れの施された庭園は、外の一般住宅地とは異次元のようだ。

「木村、遅いから先に始めちゃったぞ。あれ、久保田くんだっけ?久し振り。よく来たね。」
奥のほうから冴木さんの叔父さんがやって来た。

彼の背後に、桜の木が今が盛りと枝一杯に花を咲かせている。・・・ボクは、ここの桜ほど立派な木を見
たことがない。

「お久し振りです。今日はお邪魔します。あの・・冴木さん退院されたって・・・知らなくてすみませんでした。」
「うん、アイツの入院とか慣れっこだから、別に気にしないで。」
冷静に考えたら「入退院」が慣れっこ・・・というのはどうかと思うけど、マスターは今までのボクの不義理を責めるでもなく笑ってくれた。


――植え込みの向こうから、煙が立って美味しそうな匂いが漂ってくる。

「ってか、マスター。何故、ジンギスカン?この純和風庭園にものスゴ似合わないんだけど」
言いたかったことを木村先輩が言ってくれた!!
「え〜っと、北海道風花見?今日は人数いるから楽しいだろ?」
木村先輩の突っ込みに「北海道人いないけどな」と、シレっと答える。

――茶会とかが似合う屋敷なのに、いいんだ・・・ジンギスカンで・・・。

バーベキューコンロを囲んで数人の男女がビール片手に舌鼓を打っている。この場所でないなら普通なのに、なんだか見慣れなくて不思議だ。

「範行!まだ肉焼いてていいの?」
先刻の小学生がマスターの後から大きな声で言う。側には、冴木さんと親しかった一林さんや叔母の勢伊子さんの顔も見える。
マスターは、簡単にボクをみんなに紹介してくれた。
勢伊子さんの夫の久我沼さん、冴木さんの幼馴染の暢子さん、喫茶店を手伝っている降三さん、宇梶医師、マスターの彼女の瑞歩さん、弁護士の笈川さん夫妻・・・どういう訳か、冴木さんがいない・・・。

「そうだ、久保田くん。コイツ誰かに似てると思わない?」
マスターが、肉を焼いている小学生を指して言うと、「晃の妹の繭結(まゆ)だよ。小4。よろしく。」
慣れているのか、当たり前のようにそう自己紹介する。

妹??・・・冴木さんに妹なんかいただろうか・・・ご両親は、早くに亡くなったと聞いている。それなのに・・・。
しかも、ショートカットに半ズボン緑のトレーナーを着たこの子が、女の子?確かに、好奇心の強そうな大きな目などは、冴木さんに似てるかもしれない・・・もしかしたら、小学生の頃はこんな感じだったのかな?という気はするけれど・・・。
「だって、オレ。腹違いの子だもん。」
何故か誇らしげに言う。「オレ」って言ってるし・・・本気で訳が分からない。

「オレとか言うなって・・・。あ〜、ダメだ!久保田が固まってる。ここんち複雑なんだから、いきなりでびっくりしてるよ。」
木村先輩が中に入って、その子の頭を叩くマネをする。そして「まぁ、食っとけ」と、取り分けた皿をボクに渡してくれた。



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