消息1

雪深い山間に小さな工房がひとつ。

『たなか製陶』
道路から工房までの長い細道の途中、掲げられた丸太の看板にそう書いてある。
その下には、申し訳程度に『体験随時・ご自由にお入り下さい』との木片がぶら下がっている。

観光客に陶芸体験をさせる施設のように見えるが、滅多に客が来ることはないのだろう。僅かな駐車スペースの大半は小山になった雪で覆われている。

「大体、こんな雪しかない季節に、お客さんなんか来る訳ないよ」
雪掻きをしようと出てきた青年が、かじかむ手に息を吹きかけ1人ごちる。
「来ても来なくても、除雪は第一。和紗、そっちよろしく。」
先に庭に出て準備をしていた年長の青年が、雪掻きスコップを投げて寄越す。
「実際、やらなきゃオレらも春まで閉じ込められちゃうもんな」
そう笑う。
「だけど、弘務さん。お客さん商売なんかやる気ないクセに、なんでこんな看板掛けたんですか?」
和紗と呼ばれた青年が看板の木片を突いて雪を落とす。
「今時、体験工房なんか珍しくないけど、ただ黙って焼き物作ってるだけじゃ食っていけないんだとさ。琴樹が偉そうに説教垂れて自分で看板設えたんだから、自然に朽ちるまでそうしておこうと思って。」
ここにはいない幼馴染の小林琴樹は、都内でギャラリーを経営している。また、琴樹の実家が営んでいる陶器販売元にも作品を卸していることもあって、会話にはよく上るらしい。

「とりあえず、幼馴染のよしみでオレの作品も置いてくれるんだから、この位やらせておいてもバチは当たらないだろう?」
やっと独り立ちしたばかりの弘務の作品を置いてくれる所はまだ少ない。それを考えたら、琴樹の気遣いもあながち「余計なお世話」と言えなくはない。
「まぁ、仕方ないですね。万が一、お客さんが来ちゃったらお手伝いしますよ。」
「助かるよ。和紗。」
弘務に笑顔で返されると、くすぐったくなってしまう。



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消息2

また雪が降り出した。

弘務が公道まで降りて私道の入り口から上ってくるのを確認すると、和紗は途中の駐車スペースへ続く道の雪掻きを始める。毎日のことだからある程度の道筋は出来ているので、それに沿って雪を除けばいいだけのことだ。街育ちの和紗にも簡単な仕事だ。

年末に帰郷したが実家には帰らず、高校の先輩だった弘務の工房へひょこりと現れたのはひと月前。以来、いつまでも仕事に戻らず和紗は居候を決め込んでいる。
弘務の陶芸には興味がないが、「一宿一飯の恩義」と掃除洗濯雪掻きとこまめに働くので、責められることもない。
刺激のない田舎が嫌で、大学は早々に都内へ決めてしまった和紗にとって、実家よりも更に山奥の工房の生活は退屈この上ない筈だが、不満を口にしないのが不思議といえば不思議だ。


それにしても・・・何故、駐車場に小山が出来ているのだったか。ゴミでも置いてあっただろうか。
前日ここの除雪をしたのは弘務だった。几帳面な彼がこんな所にゴミを放置しておく訳がない。不審に思って、小山にスコップを突き立てる。
「え!?」
変に柔らかい感触に、慌てて表面の雪を取り除く。
すぐにリュックを背負った黒い背中が出てくる。それに伴って、まだ少女の風貌を纏った横顔が現れる。雪の中にどの位いたのだろうか、真っ白な肌にほんのりピンク色が乗って、いやがうえにも整った造作を美しく彩る。

一瞬、息を呑むがゆっくりと呼吸を整えて、被さった雪を丁寧に払いのけ冷静に観察すると、まだ息があるらしい。
黒いリュックに黒い上着、ジーンズを穿いた小柄な印象。あまりな軽装に、この辺りの人間ではないと感じる。ニット帽を深く被っているので髪は見えない。顎の下に産毛のような髭を発見して、一気に美少女の幻想を打ち砕かれた。

・・・まいったな。嫌なもん見つけちゃったよ・・・。

少女でないと分かったら、いきなり乱暴に素手で頬をペチペチと叩いてみる。
「・・・・」
眉間に皺を寄せて僅かに身じろぎするのを確認して、木立の向こうで作業をしている弘務を呼ぶ。


「弘務さ〜ん、お客さん発見で〜す。」




番外編  『 解凍 』 へ進む
駐車場で発見された凍死寸前の少年の解凍の話。意識のない間、こんな事されてました。微スカ。





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消息3

「ぁ〜〜!・・・あぁ〜〜!!!」

少年を拾って5日。
平穏だった『たなか製陶』は、俄かに騒がしくなった。たった一人のお陰で。

「まいったな。アレ、なんとかしませんか?」
和紗が工房へコーヒーを持ってやって来る。
付きっ切りの看病から解放されて、弘務は一昨日から仕事に戻った。必然、無職の和紗が少年の身の回りの世話をしているが、少々持て余し気味なのは、こうしてお茶にかこつけて入り浸っていることからも伺える。
「なんとも・・・。解凍に失敗して脳が腐ったかな?」
捏ねていた粘土の手を休めて耳を澄ませる。住居にしているログハウスの2階から悲鳴が微かに聞こえる。
「酷!ソレ、笑えませんよ、弘務さん。」
凍死寸前だった少年を介抱した弘務の手腕には舌を巻いたが、彼がそのことを「解凍」と言うのには馴染めない。

「それに、そんな呑気なこと言っていていいんですか?だって、アレ。どう見たって訳あり捲くりでしょう?警察なり病院なり連れて行った方があいつの為ですよ。」
濡れた服を脱がせた時の驚きを思う。
背中一面の傷痕と、手足の酷い傷痕。既に癒えたものとは言え、なまじ美少女と見紛うばかりに顔が綺麗なだけに、服に隠れた部分の無残さに言うべき言葉を失ったほどだ。
「まぁ、自由意志に任せよう。まだ体温が戻ったばかりだし。」
譫妄があっても仕方ない・・・そう弘務に言われると、そうなのかと感じる。
直腸温で30度しかなかった少年の体温を4日かけて正常なレベルまで戻せたのは、弘務の経験あってのことだ。意識のない重度からの蘇生は、闇雲に暖めるだけではいけないのも和紗は初めて知った。
しかし、意識は戻ったが、ほとんど喋らないので身元がはっきりしない。
リュックに入っていた携帯は電池切れで、手元に充電器もないので役に立たない。財布から保険証は出てきたが、それだけでは親元に連絡しようがない。
しかも、まだ回復が充分でないのか、1日とろとろと眠ったまま時折悲鳴めいた叫びを上げるので、安眠妨害も甚だしい。

「いっそ、もう一度雪の中に埋めてきましょうか?」
コーヒーをクイっと飲み干して冗談めかして言う。
「そんなこと言うなよ。和紗がお客さんは任せろって言ったんだから、あの子も頼むよ。」
達磨ストーブで暖を取りながら、ニコリと笑うのが憎い。
「アレは、そういう意味じゃないの、分かってるでしょ?弘務さん。」
思いっきり対象外だっつーの・・・そう舌を出す。

「でも、まぁ行き掛かり上仕方ないから、「解凍姫」にも何か飲ませてきますよ。」
なんだかんだと言っても、放って置かないのが和紗のいい所だ。




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