事件1

9月最後の水曜日。
私立新脩学園では、中等部高等部合同体育祭が行われていた。
昨日の嵐がウソのように、晴れ渡った空の下、グラウンドには熱気に溢れる若い歓声が響いている。 
その喧騒から100mも離れていない場所に美術棟――この古ぼけた2階建て木造校舎を、この学校ではそう呼んでいた――がある。

2階の1室では、背の高い痩せぎすの男とこの学園の生徒らしい私服の少年が、何かを奪い合いもつれ合っている。しかし、身長差に於いても体重差に於いても劣っているのは、測るまでもなく少年の方である。
男に組み敷かれ少年の背中まで伸びた髪が、床に川のような蒼い筋を幾重にも作る。
シャツを破かれ殴られても、僅かな隙を見つけて逃れようとする。
その肩を掴み、白い首筋へ注射針が深々と突き立てられた時の悲鳴を、男は冷酷な笑みを浮かべて聞いた。
少年の体が崩れる様に床へ伸び、男の愛撫を大人しく受け入れる。
 体内へ入れられた薬物の反応か、少女のような容貌の少年の体は紅潮し、やがて男の手管に歓びの声を上げる。
「お前は、私のものだ」
 その言葉に一瞬、鋭い目を向ける少年の態度さえ心地よいのか、男は濃厚な接吻で応える。儚げに抵抗していた少年だったが、やがて目を閉じ任せてゆく。
男は、少年の体に残された数多の傷痕を指で辿り苛む。ソレを刻印した時のことを思い浮かべるように、ねっとりと執拗に続ける。
  
「晃!どうしたっ!? 開けろっ 何してるんだ!」
入り口を力任せに叩く音と叫び声に、少年はふと我に還る。それを許さないと言うのか、男は傷痕へ爪を立てる。――少年の声にならない悲鳴。
「冴木さん! 大丈夫ですか?! 冴木さん!!」
どんなに外の人間が叩いても、鍵のかかった出入り口はびくともしない。それでも数分の間騒いでいたが、諦めたのかやがて静かになる。



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事件2

「どうした?助けはこないようだな。」
男は嗤い、少年の細い首に両手を回し、じわじわと力をこめてゆく。
目を瞑り何もかも放棄したかのようにぐったりとした少年の手には、いつその手に握られていたのか、尖らせたペインティングナイフがあった。――少年の目に生気が宿る。
少年の右手が抱きつくように男の背中に廻り、ずぶずぶと薄い鉄板が男の腹を刺し貫くのを補助している。
男は、覆い被さってきた少年に柄までも深く突き立てられ脇へよろめいた。自らナイフを抜くと、見る見るうちにその腹に赤く大きな花が咲いていく。やがて、傷口から吹き上げる血の中へ崩れるように倒れた。

周囲には、少年が男から取り返そうと奪い合った写真が散乱している。そこに写っているのは、他でもない少年の淫らな姿である。あれほど必死だったのに、数十枚に及ぶそれらを拾おうとしない。すでに関心を失ったのか、目を遣る事もない。
ただぼんやりとその場にへたり込み、床に倒れた男を眺めている。



天井に開いた穴から体操着姿の少年が2人、降りてきたのは全てが終わった後だった。

少年が彼らに気付くまで、かなりの時間を要した。
名を呼ばれて振り向き暫くぼんやりと眺めていたが、やがて肩を揺らし笑うそれは、止まることのない哄笑へと変わる。半裸のその体に男の血を浴びた少年の姿は、凄絶でさえあり2人の少年は言葉もなく見つめるしかなかった。
人を呼びに遣る事を思いついたのは、それからどれ位経ってからであろうか・・・。
年少の少年がその場を飛び出し、教師らを伴って戻ってくるまで、残った少年は床に散らばった写真を掻き集め、できる限り自らのポケットへ捻じ込んだ。――仮令、それが現場の保持違反と捉えられても、友の淫らな姿の写真なんか、他人の目に触れさせたくなかった。

少年の笑い声が、部屋にこだまする。

先刻までの喧騒とは全く別のけたたましさが、美術棟の一室を包む。
ギャラリーが見守る中、少年の笑いは止まらない。
誰かが事情を聞こうと少年の肩を掴み揺すっても、少年はただ笑うばかりで、正常な反応を示さない。
血を流して倒れている男は、失神しているのか身動きする様子もない。
誰も状況の説明をできないまま、騒ぎばかりが大きくなり収拾がつかない。 

この一件は、“事件”となり、世の知れる所となった。
  
『高校生が教師を刺傷』

そんな見出しがセンセーショナルに報じられ、彼らの過去までもが暴き立てられた。
しかし、それは、当の2人には関係のない世界の出来事であった。


2007.10.29  01:23:35作成



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