ふたり1

体育祭をサボって美術棟の1階にある美術部部室で、タバコをふかしていた部長の木村一郎は、今学期編入して来たばかりの中等部1年の久保田孝弘に見つかってしまう。
「先輩、何やってるんですか。」

「おっ!!・・なんだ、久保田か〜。びっくりさせるなよ。寿命が縮むじゃんか。」
「びっくりするくらいなら、吸わなきゃいいのに・・。不良だなぁ。」
言いながら、窓を開けて換気に勤しむ木村の手伝いをする。
「不良・・たって。ちょっとした息抜きじゃん。晃の奴だって、中等ん時から吸ってるぜ。」
「えっ?冴木さんも?!嘘だ〜!ボク、冴木さんがタバコ吸っているの見たことないですよ。」
「そりゃ、体壊してから、自重してるんだろ?でも、吸ってたの!」
木村がムキになって言うのがおかしい。
本来、中等部の生徒は、中等部内の部活に所属する決まりだが、文化部に関しては、その区切りは厳密でない。中等部の生徒でも、高等部の部に入部している者は時折いる。この久保田もその中のひとりである。遡れば、木村と冴木晃もそうだった。そんな同胞意識からか、木村はまだ転入して日の浅い久保田を可愛がっている。

「そーだ!木村先輩、冴木さんて中等部の時どんなだったんですか?」
冴木晃の名前につられてうっかり脱線してしまう。
「ん〜?中1の時は、可愛いかったぜ〜。顔だけじゃなくて、性格もさ。絵はムチャクチャ上手かったけど、子犬みたいな性格のおかげで、やっかむ奴なんていなかったし・・。今みたいに、自分の他全部敵・・ってカンジじゃなかったから、友達も多かったし・・」
身長166cm、体重44kg。少女のような容貌をした晃を昔の晃と比べてしまう。

「なのに、復学初日にクラスメイト数人相手に、手足の不自由さを物ともせず教室で乱闘やらかしたんだよ、アイツ。」

5月の末のことだ。
発端は、木村たち元の同級生から1年以上遅れて復学した晃を、クラスの派手なグループがからかった・・・その程度だったと、最初に手を出した男子生徒は言った。
いくら、ほとんど機能しなくなった右手のことに言及されたとは言え、退院後自宅療養して、やっと松葉杖で歩けるまでになった少年のすることではない。
しかも、晃が切れた口唇をペロリと嘗めながら言った台詞も普通ではなかった。
「お前ら、体の不自由な人には遠慮しましょうって、その位習っただろう。ばーか。」
この一件以来、クラスメイトで晃に話し掛ける者はいなくなった。

元の同級生や、所属していた美術部の部員達にも、心を開こうとしない晃は「人間が変わってしまった」そう言われた。
しかし、背中まである長い髪を束ねて制服さえ着ない晃は、元よりそれを気にする風もなかった。



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ふたり2

「あの・・。冴木さん、記憶ないって本当なんですか?」
「そんなことまで知ってんの? ――ったく、人の噂ってヤツは・・。」
ひとつ溜め息をついて話し始める。


「“事故”でさ。ひと月位昏睡してたんだけど、目が醒めたら一緒に暮らしてた叔父さんのことも判んなかったらしいよ。おれ達が初めて見舞いに行った時なんか、『だれ?』って言われたもん。雰囲気もまるっきり変わっちまっていたし・・・。こっちもショックだったけど、あいつはもっとキツかったんじゃないのかな。周りは、知らない奴らばっかりなのに、相手は自分のこと知ってるし・・・。そりゃ、警戒するよな。結局、当時の友達であいつに受け入れられたの、バスケ部の一林(いっちん)くらいかな。」
他は、ダメ。そう、木村は自嘲気味に笑う。
「え?木村先輩も!? 先輩、冴木さんと仲いいじゃないですか。同じ特待生だし・・・。」
「仲、いいの・・かなぁ? ま。おれ、図々しいから・・・。あいつのトコ押しかけちゃうし、嫌がられてもメゲナイし・・・。こっちは友達のつもりでも、あいつはどうなんかな?結構、嫌がってんじゃない? それに、おれも特待生って言ったって、あいつのレベルとじゃ、雲泥の差なんだぜ。並べられるおれの身にもなってくれよ。」
ははは・・・と、笑って見せる。
「そんなことありませんよ!木村先輩、絵うまいし・・・。面倒見いいし・・・。冴木さんだって・・・。」
必死に2人を擁護する久保田が可愛くて、木村は可笑しくて仕方ない。
「あ。・・・で、今、冴木さんの記憶って・・・?」
「ん〜? 多分、今もはっきりしてないんじゃないかな。とりあえず、生活するには困らないみたいだけど。不思議と、学力的には問題ないらしいし・・・。9月に入ってすぐの実力テストなんか、ぶっちぎりの1番だったの見たろ? 昔から頭は良かったんだけど、授業なんか受けてないクセにあれだもんな。みんな立場ないよ。それだから、どっかバランスおかしくなっちゃってんのかな?かなり、変人入っちゃって、昔とは別人だけど、おれに言わせれば、それもしょうがないのかなって思うし・・・。」
『自分は晃の友達じゃない』そう言っておきながら、誰よりも気遣っているのは木村ではないか・・・、そう思う久保田だった。



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ふたり3

「それより、真面目な1年坊主が体育祭フケていいんかよ?」

吸う?仲間を増やそうと自分のものを勧める。久保田は、差し出されたタバコを箱ごと取って、ぐしゃぐしゃと潰してしまう。木村の悲鳴。
「何するんだよ〜!!」
ボロボロになったタバコを取り返して半泣きの木村。
「まったく、この学園て世間的には評価高いのに、タバコ吸ったり授業受けなかったり、生徒は自由すぎますよ。」
世間では、進学率のいい優秀な学校と言われている。
また、個人の意志を尊重して自由な校風に魅力を感じて、この学校を目指す生徒も多い。だからと言って、全て自由かと思えば、行事事ではいつもでは見られない団結力を発揮する。
生真面目な久保田には、理解し難い校風らしい。

「別に、フケるつもりはなかったんですけど・・・。ちょっと気になるもの見ちゃったんで・・・。」
美術棟に関係のない筈の中等部理科教師清野清が、この建物に入ったのを見て不審に思って来たのだと言う。
久保田は、編入初日に偶然見つけた冴木晃に憧れてここまで来た少年である。
冴木に近付く為に美術棟へ侵入し、やっとの思いで、2階の冴木の部屋に出入りできるまでになった。それは、木村に言わせれば「超破格の扱い」だということだ。「人間嫌い」「仙人」とまで呼ばれる晃の高い防護壁を飛び越えるのは容易ではない。晃の知り合いとは言っても、時にはそのガードに跳ね飛ばされてしまうと漏らす木村もまた、久保田の一途さや純真さに魅かれている。
晃も自分と同じような理由で、久保田だけは出入りを許しているのだろうと密かに思っている。だから、木村は久保田を晃の「唯一の後輩」と呼んでいる。

しきりと、何か嫌な予感がする。と言う久保田の後ろからガバと抱いてみたりする。
木村は、久保田の純な反応が面白くて、そのケはないクセにそんな風にかまって遊ぶ。大声をあげて逃げようとする久保田を追いかける木村。すっかり子供に戻って、追いかけっこに興じる2人の耳に、2階からの尋常でない物音が響く。

「――上に行ったの、清野だって!?」

木村の顔から、いつもの笑顔が消えた。
珍しい木村の真顔に――普段は、深刻な話の時にでも笑っているんじゃないと、注意されるタイプの顔と言えば分かりやすいだろうか・・・ 戸惑って久保田はただ首肯する。



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