波間 1

週に一度、日曜日に外出許可を取って範行の家の風呂に入りに行く。

この日以外は、いつも通り体を拭くだけだから、範行の店が休みの木曜日の勢伊子さんも来るドライブと同じくらい楽しみだ。

病院の風呂を使えなくもないが、前に・・・夏前だったか・・・俺が尿意を教えられないからと言外に言われたことがあるらしく、教えられるようになった今でも自宅に連れ帰って風呂に入れてくれる。
日曜日はリハビリもないし、この外出がないと何もすることがない。それに、病院の風呂は同じ湯へ何人もが入るからなんとなく汚い気がして嫌だから、こうして連れ出してもらえるのは嬉しい。

だけど、こんな風に俺にばかりかまけていてもいいのだろうか・・・。
「み・・店は?」
聞いてみたら、範行は笑ってこう言った。
「どうせ、学生相手の喫茶店だし、日曜の客足はのんびりしてるから、いっそ休んでしまってもいいくらいなんだよ。平日も、午後からしか開けてないから、最近は 「趣味の店?」 なんていわれちゃうこともあるけどさ。」
店の収入だけが全てではないらしく、生活には困っていない・・・そんなことを勢伊子さんに話しているのを聞いたことがある。


同じ市内なので、移動する時間が少ないのも気楽に来れる理由のひとつかもしれない。

朝10時過ぎに迎えに来て、範行の家で昼食を摂って午後早いうちに戻る。その後の昼寝は適度に疲れているから良く眠れる。
睡眠障害があって眠るのが下手だから、すんなり眠れるこの日はそういう意味でも有難い。


「の・・のりゆ・・・」
ゆったりと足の伸ばせる湯船の中からガラス天井を見上げていたら、あるものを見つけた。

「ん?なんだ?」
自力で体の保持が難しい俺が中で滑ると危ないからと、腹までしか湯が入っていない。だから、よく温まるようにと範行は手桶で湯を掛けてくれる。その手を休めて、俺の見ている方向へ目を遣る。

青い空に飛行船が浮かんでいる。
結構低い所を飛んでいるらしく腹に書いてある広告まで良く見える。

「あ、よく見つけたな」

そう言って、ガシガシと頭を撫でてくれる。
俺は、少しはにかんで俯いて口元を歪める。
病気の所為か、うまく笑えなくてこんな変な顔になってしまうけど、範行は 「晃が笑っている」 と喜んでくれる。

時々、暗くて冷たいタイルのシャワールームで、水の出ているホースを見せ付けられてどうにかなってしまう場面をフラッシュバックのように幻視する。あれが実際にあったことか、映画か何かの場面なのか分からない。そんな時は、怖くて叫びだしたくなるけど、こんな風に温かく大事にされて風呂に入っていると、あれはきっとホラー映画か何かの一場面だったのだろう・・・そう思えてくる。
自分の身に起こったことだとは考えたくない。

範行は、1人で体を洗えない俺を丁寧に隅々まで洗ってくれる。
きっと、俺がそんなこと考えてるのなんか気付かない。


昼間の明るい光が差し込むこの家の風呂場は、広くて気持ちよくて・・・余計なことを考えなくていい・・・そう思わせてくれる。





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