キミのいない世界 1 

「人が住まないと荒れるから。」




あいつの叔父貴がワザワザおれのアパートに来て、あの家を管理する為に住んで欲しいと言ったのは、夏の盛り。

「少し、整理しなきゃと思ってさ。」

せっかくあいつの為に手を入れたのに、また荒れるに任せるしかないのは忍びない …… 納骨も済ませて、ひと区切りついたことだし …… そんなことを話すから、新盆だったのかと思い出す。

「ごめん。線香も上げに行かなくて ……。」

少し前、いっちんから初めての盆だから線香を上げに行こうと誘われていたが、写真のあいつに会うのは考えただけでも辛くて、仕事が詰まってるのをいい事に放置していた。
「忙しいのはいい事だよ。」
気にすることない …… そんな風に言ってくれる。

「それにしても、ホント木村って忙しいのな? 何回電話しても出ないし、コッチに来ても居ないし ……。」
半月くらい連絡してたのに、捉まらなくて往生したとも話すから不義理を詫びる。

昔、3ヶ月だけココで同居していた頃、あいつがいつもいた窓際に座って 「でも、やっと会えて良かった」 と少し疲れた顔で笑った。


写真家の師匠のアシスタントだけじゃヒマができてしまうから、バイトもキツキツに入れていて、『いつか倒れるぞ』 と言われても、1人でいたら苦しい。だから、思い出す暇もないくらい仕事を入れてクタクタになって泥のように眠りたい。

そんな生活をしてどのくらいになるのか、数えることさえ止めてしまった。

だって、あの年もこんな酷暑だったから、最近余計にあいつと一緒に暮らしていた頃を思い出して切なくなくて苦しい。それを素直に嘆くのは、おれのキャラじゃないし。


「でも、なんでおれに?」

このアパートに居てさえこうなのだから、あの家に行ったら思い出して余計にウツ入りそうだ …… そんなこと言えないし、管理人代わりに住むなら他に誰かいそうなものなのに、どうしてそんなことを言って来たのか分からない。

「だって、オレは店があるから無理だろ? いっちんや降三だって ……。繭結が1人で住む! とか騒いだけど、そんなことさせられないし。なら、木村はどうかなって。」
丸きりの他人に貸す気にはなれないから、身内で消去法していったらおれしかいない …… そうだ。

「それに、あっちならココよりも広いし、暗室にひと部屋使えるだろ?」
こちらから頼むのだから、家賃は要らないとまで言われて困惑する。
「え…ってか、おれは自分の身の丈に合った暮らしをしているだけなんだけど?」
どうせ、寝に帰るだけだから広い部屋も快適な環境もいらない。


「キレイ好きじゃないから、おれが住んだらゴミ屋敷かもよ?」
脅すように言ったのに、長い付き合いで分かってるしそこまで酷くはないだろう? この際、多少の汚さには目を瞑るって引かない。

料理とか生活能力に乏しかったけれど、あれで綺麗好きだったから掃除機は結構マメに掛けていた。物にも執着がなかったから、仕事部屋以外の部屋はいつでも整っていたのを思い出す。
それに比べたら、この部屋の散らかりようったら ……。


「それに、このままだといつの間にかお前まで居なくなりそうだから。」


「―― 真顔で言うなよ。」



心配されるのはあいつの専売特許だった筈なのに、そんなことを言われておれの方が泣きたくなる。







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キミのいない世界 2

『手を握っていて?』


あの頃、どうしてもおれに身の回りの世話を頼まなかったあいつが、普段なら絶対に人に預けない右手を差し出した ―― あの雪の日帰国したおれへのご褒美のように。

「なんで、半疑問形なんだよ?」
おれは内心ドキドキしながら、努めていつも通りに憎まれ口を叩いて、眠りにつくまで …… いや、眠った後もずっと握っていたんだ …… 愛おしくて切なくて。

弘務さんの家で世話になっていた時に、和紗さんが指無しグローブを買ってくれた。
それまでは、右手を人前に出すことさえできなかったのに、そのグローブのおかげで少しずつ本当に気づかないくらい少しずつ人前に出せるようになったことを、おれはこっそり喜んでいたのだ。だけど、臥せっていても外さないそれが、いつの間にか緩くなっているのにあいつは気付かない。手首の入り口は、おれの指が2本も入るほど痩せてしまったのに。


中等部の頃、繊細で大胆な作風を生み出していた右手。

あいつの一番大事なものだったし、おれも憧れていた。その機能を廃した傷が、その甲から掌を貫通している。傷痕をまじまじと見たことはないが、何かの拍子で目にした時の生々しさは忘れられない。

グローブから見え隠れしている手首の傷は、右手が元通り動かないことを知った15の晃が、それを苦に食事用のフォークで滅茶苦茶に刺した時のものだ。
『 そんな手ならいらない!! 』
記憶が飛んでしまったのに、愛着ばかりが残っているのを知って辛かった。


なのに、その右手をおれに握っていて欲しいって …… あいつが。



「バカ正直にず〜〜っと握ってることないぞ。お互いに疲れちゃうだろ?」

唯一の仕事のように、ベッドの傍らで手を握っているおれに、マスターは半ば呆れたように言ったけど …… 眠ったら放しちゃえばいいんだって …… とてもそんな気にはならなかった。


だって目覚めた時、握っているのを知ったあいつが嬉しそうに微笑むから。






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キミのいない世界 3

『大体、みんな俺のこと構いすぎ。』

春にはまだ早い陽の中で、あいつは少し困ったように言う。



おれには、治療のこととか薬のこととか良く分からないけれど、その日少しでも顔色が良ければ嬉しいし、食事が摂れたり機嫌良く話ができたらそれで一日幸せだった。


「まだ間に合うかな?」

病み衰えた体で、勢伊子さんが持ってきてたパンフを見て、最新の治療法を受けてみようかと話し始めた頃から、徐々に体調が上向いてきたのは奇跡かもしれない …… そう思っていた。
それまでは、マスターや勢伊子さんがどんなに勧めても、家から離れるのが嫌でずっと拒否していたそうだから、何の気まぐれかってみんなに揶揄われていたのを昨日のことのように思い出す。

「だって、待ってるって約束したろ?」

何でもないことのように呟いたのを聞いて焦る …… おれの帰国を待っていた!? …… 信じられなくて、マジマジと顔を見つめてしまう。
「…… ?」
無垢な顔で見返すから、余計にどう言っていいか分からなくなる。

「―― バカ、意味が狭すぎる!!」

「…… ……。」
やっとの思いでそう言ったおれとの間の空気が一瞬止まった。

「―― ココに居たかっただけだよ ……。」
何もおれの為じゃないって、強がるように呟いてふいと向こうをむいてしまう。 
―― おれの戸惑いに気付いた?


素直じゃない …… おれだって、あいつのこと言えない。


「―― ごめん、嬉しい。」
大真面目な顔で言ったら、暫くしてクツクツとその細い肩が揺れる。
「あ、コラ。何笑ってるんだよ!?」
覆い被さるようにあいつの顔を覗き込んだら、いたずらを見つかった子供のような顔をして…笑っている。

「木村が、人を困らせるような言い方するから、こっちもお返し。」

「なんだよ、心配して損した!!」
可愛くて可笑しくて、抱きしめる代わりに頬と頬を寄せる。
「やめろよ、痛い。」

非難の声を無視して、そのまま口付けしたら任せるようにじっとおれを見ている。



「ずっと、一緒にいよう?」


―― おれの言葉に、あいつは答えなかった。





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