邂逅 2

「んじゃ、貰っていくわ。」
纏めておいてくれた荷物を積み込んで、自前の若葉マークをぺたりと貼り付ける。
借りものの年代物ランドクルーザーが泣いていても、おれの知ったこっちゃない。

「って、木村先輩! もう帰っちゃうんですか?」
久保田が慌てる。
「だって、これからマスターの店でバイト。今日は荷物の引き取りだし・・・部のみんなにもよろしく言っておいて。」
「そんなぁ! もっとゆっくりしてくれると思って、話したいこととか沢山あるのに・・・」
久保田の悲鳴を背中に発進させる。
「また、今度!」

話があるなら、店に来たらいいようなものなのに、来たためしがない。
久保田にとって、晃の実家であるあの店が鬼門なのは昔からだ。学園の生徒なら当たり前の寄り道スポットを、どうしたことだか久保田は避けて通っている。

「あれも変な奴だよな・・・」
そんなところが可笑しくて可愛くて、つい意地悪してしまうのはおれの悪いクセだ。


学園の駐車場から校門までゆっくりと徐行運転をしながら、ほんの4ヶ月前に卒業した校舎を眺める。
木造の名前ばかりが大層な 「美術棟」 が木陰から覗いている。

昔、晃はいつもあそこの窓から外を眺めていた。

あの “ 事件 ” があってから、美術棟自体立ち入り禁止になってしまったけれど、中1から高2まで放課後のほとんどを過ごした一番思い出のある場所だ。



・・・・・・?

今、何かが目の端をかすめた。

何だったろう?
気になって、車を止めて周囲を見回す。

「―― あ・・・!!」

記念碑を眺めている人の後ろ姿が、あんまりアイツに似ているから思わず大声で呼ぼうとしてしまう。

背中まで伸びた素直な髪。
まるで、少女のようなしなやかな体つき。
背格好や服装まで似ているから、本当に本人じゃないかと疑ってしまう。

「・・・・・・」
いざ、呼びかけようとしたら声がかすれて上手く出ない。
ふと、置き去りにしてきた久保田がまだそこら辺にいないかと探してしまう。

そんな動揺が伝わったのか・・・その人はこちらを振り返った。


晃じゃなかった・・・・・・。


それはそうだ。
あれからもうすぐ2年が経つんだ。
落胆と共に、冷静な自分が戻ってくる。

そうだ、晃の写真ならこの間マスターに写メを見せて貰ったっけ。

昔では考えられない短髪で、たこ焼きを頬張っていた・・・。
今更、あんな少女のような髪をしている訳がない。

目の前に居るその人は、おれよりも少しだけ年上に見えたが、小首を傾げる仕草がなんとも少女然としていて別の意味で、胸が高鳴った。
目が合って放せなくなったおれは、曖昧に笑顔を装ってやっとの思いで会釈して車を出した。


こんなところで、晃に似た女の子など・・・何か悪いものの悪戯だ・・・そうに違いない。
無理矢理そんな理屈を捏ねて、やっとおれは自分を取り戻す。









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邂逅 3

2駅離れた自分のアパートに先に寄った。
すぐに荷降ろしが済んで、まだ大部分残っている荷物に目を遣る。晃のに比べたら、おれの荷物なんて可愛らしいものだ。

2年前の “ 事件 ” のまま時が止まってしまった晃の持ち物。

警察が 「 証拠品 」 として押収したので、清野が晃に使った “ 道具 ” は勿論この中には入っていない。純粋に、着替えや日用品、絵の道具だけだ。それは、当時取り纏めをしたおれが良く知っている。それを今日、またおれが運んできたのだから、「なんだかな・・・」と溜め息の1つも吐いたってバチは当たらないと思う。

美術棟に置きっぱなしだったそれらは、日用品の類はもうゴミに近い。画材だって、絵の具は堅くなっているし筆も多分使い物にならない。
さすがに、スケッチブックやクロッキー帖、大小さまざまなキャンバスはそのまま処分する訳に行かないけど、他のものはさっさと処分した方がいいように思う。


晃は、誰にも相談ナシに “ 事件 ” の前日、退学届けを提出していた。
その為、退学届けを受理した後だから 「関係ない」 と、学園の対応は冷たかった。
それに腹を据えかねたマスターは、以来学園に足を向けることはない。

晃とマスター、外見はほとんど似ていない二人だが、こんな風に人に世話を焼かせることは得意で、おれやいっちんなど、周りの人間が苦労することになる。



さて。
この足で、いっちんのマンションへ寄って、荷物をマスターに届けなければならない。

今日はいっちんが所用で遅くなるから、その荷物をどうしても持って行けないので 「頼む」 そう言われてしまった。
いっちんがマスターに届け物? そんなものあるんだろうか? おれは疑問に思いながらも、それが何か・・・とは聞かず、淡々と 「運び屋さん」 に徹する。

「久美子さーん。マスターへの届け物、取りに来ました。」 
玄関で貰おうと思ったら、モノが大きいらしく上がって持って行って欲しいと、姉の久美子さんに言われてしまう。

「?」

不思議に思いつつも、言われるままリビングの方へ通されて・・・。
まぁ、おれも勝手知ったる・・・で。


・・・・・・「届け物」 って、コレ?


リビングから繋がるバルコニーは、小母さんが丹精込めてガーデニングしてちょっとした庭に作り込んでいる。
確か、小父さんの海外出張について行っていて留守だから、庭の世話が大変だと、いっちんが零していたような気がする。
その庭で、水遣りをしている人影を見つけて、マスターに 「やられた」 と思った。

さっき、学園で見かけた少女を晃と勘違いしたのがバカらしくなるくらい、普通の格好の少年がそこにいる。


「・・・なんで、こんな所にいるんだよ?」
息を吐いて、気を取り直してそう問い掛ける。

でも、聞こえなかったのかその人物はホースで水を撒きながら、小さな虹を作っている。


「晃。」






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邂逅 4

「・・・・・・」

「うわっっ!!! 何すんだよ! 水止めろっ・・・水・・・!!!」

ホースを持ったまま振り返るから、まともに水がおれに襲い掛かる。っていうか、何気にホースの口潰して水圧上げてないか? イタイんですけど・・・。

「晃!!」
慌てて逃げ出して、蛇口を締める。
まだ暑いバルコニーとは言え、陽が傾きかけたこの時間から水浴びは勘弁して欲しい。
「ひっでぇ! ビチョビチョ・・・。」
シャツもパンツも体に貼りつくほど濡れてしまった・・・これからバイトだって言うのに。

「・・・・・・」
晃は、大変なことになっているおれには関心を示さず、水の出なくなったホースを見つめている。
大体、なんで人んちのバルコニーで水撒きなんかしているんだか・・・。

「あ〜、木村君やっちゃった? 」
おれの悲鳴を聞いて、久美子さんがバスタオルと着替えを持ってきてくれる。
「真ので悪いけど、着ていて? 濡れたのは洗濯しちゃうから」
「あ、ありがとうございます。」
礼を言って、いっちんと良く似た久美子さんの横顔を見る。相変わらず、たよやかな人だ。

「晃君、水撒いていると何処かへイッちゃうみたいなのよねぇ。」
いっちんもよく、被害に遭っていると暢気に笑う。

確かに、改めて見回してみると、どの植木も水道代には無頓着と思えるほどたっぷり濡れている。

「はぁぁ〜〜。酷い目に遭った。」
上半身脱いで、タオルでゴシゴシ擦りながら、ホースを片付けている晃を観察する。
左足が悪いのは昔からで、どこへ行くにも杖が必要だったけど、今は随分バランス悪そうだが体を揺らし1人で歩いている。

こんなことをしておきながら謝るでもなく、寧ろ関心さえないのか、晃はおれを見ない。

ふと、“ 事故 ” で記憶が飛んでしまった当時を思い出してしまう。
ひと月も昏睡してやっと目が醒めたと知らせを受けて勇んで見舞いに行ったら、知らない人を見るような目で 「誰?」 と言った中3の晃。
あの時のことが胸をよぎって、急に不安になる。

「晃。」
もう一度、かつての親友の名前を呼ぶ。
「・・・・・・」
晃は、振り向いておれを凝視する。

「・・・おれのこと分かってる?」
おずおずと、そう尋ねる。まさか、あの “ 事件 ” の後遺症で記憶が・・・なんてことはないだろうか?

冷静に数えたら、2年もおれは晃に会っていない。
清野とのあの一件で精神を病んで長く入院していたのは、知っている。その後家出したから、マスターが見せてくれる写メで最近の晃の姿は見ているが、話している姿は見ていない。

いっそ、最後に見た晃の姿が目に焼きついていて、今の精神状態はどうなのか不安でたまらない。

いっちんは何回か会っているらしいが、おれは本当に “ 事件 ” 以来、晃に会うのは今日が始めてだ。
それを思うと、どんな返事が返ってくるか緊張でめまいがしそうになる。


「・・・木村だろ?」
知ってるよ・・・そんなこと・・・とでも言いたげに、口元を歪め笑った顔を作る。

「なんだ・・・良かったぁ。あんまり知らん振りしてるから、おれのこと分かんないんじゃないかと心配したよ。」
あんまり安心して体から力が抜けてしまう。
ついでに、水浸しにされた怒りも何処かへ行ってしまった。


「それで、いつからこっちに?」
確か、おれが肉体系のバイトに入る前は、信州の弘務さんの家に身を寄せていた筈だ。

「・・・10日くらい前? 夏だし・・・帰省?」
小首を傾げて言うのがあんまり可愛らし過ぎて。


「夏休みの子どもか!?」
ボケて言っているのか、天然で言っているのか判別つかなくて、とりあえず突っ込んでみる。

「・・・・・・そんなとこ?」
律儀に返事をする晃が可笑しくて、もう少しでバシンと肩を叩きそうになって寸での所で思い止まった。


何故って晃が、つばの広い麦わら帽子に大き目のTシャツに長めのハーフパンツ(いっちんのだ) のせいか、小学生のように見えたから。






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