キミのいない世界 4

『ここに、パールピンクだよ。』


ベッド脇にイーゼルを持ち出して設置した10号のキャンバスに、点滴の外せない左手で指示を出す。

「こう?」
おれは、言われたとおりに絵の具を乗せていく。

「ん〜、今ひとつ……?」
納得できないのか、あいつはベッドに寄り掛かったまま首をひねる。
「なんだよ、お前の指示分かりにくいよ。」

「だって、しょうがないだろ? 俺だって、こんな描き方したことないんだから。」
そう言って、唇を尖らせる。

珍しくあいつが 「画を描きたい」 と言うから、付き合ったことがある。

始めは、あいつがざっと下書きを入れていたのだが、すぐに疲れてしまった。それで、おれがその後を引き継ぐ形で描き始めたのに、注文通りにできない。
ぴたりとハマる時はいいのだが、気に入らないと互いに納得ができなくてイライラする。

あいつがどんな風に描きたいかは分かっているのに、ついおれの感覚が邪魔して旨くいかない …… 原因は互いの個性の所為だと、おれもあいつもすぐには気づかなかった。

「 あ、そうか …… 色の感覚が違うのかも …… じゃあさ、もう一段彩度落としてみて?」
しばらく試行錯誤した後にそう言うから、色の調合を変えたら満足そうな顔になった。



「これを範の店の壁に描きたいんだ。」



まだ、完成には程遠い出来なのに、そんなことを言う。

数日前、「範の店の壁に画を描きたい」 と言ったばかりで、すぐにラフを描き始めるなんて考えてなかったし、こんな簡単な出来で良しとするあいつに内心驚いた。

「その時は、木村も手伝ってくれるだろ?」

極上の笑顔が眩しくて、頷くのがやっとだった。





「それにしても、退院してからよく笑うようになったよな。」
マスターが、そんなあいつを見て嬉しそうに言う。

「前は、笑うって言っても、口元歪めるだけでぎこちない顔しかできなかったけど、特に木村が帰ってきてからは、本当に楽しそうなんだよ。」
だから、退院させて …… それに、木村が帰ってきてくれて良かった …… 感慨深そうに呟く。

本当に、この所のあいつは、何が楽しいんだか何かにつけてよく笑う。
おれもそれが新鮮で、聞いてみたことがある。

「じゃ、木村は?」
すかさず質問を返してくる。

「おれは、こういう顔なんだよ。」
少し憮然と答える。
あいつに言わせると、おれの一族はみんな同じ緊張感の欠片もない顔なのだそうだ。

「なら、俺もそう。」

「嘘つき。」
どこへ行っても 「まじめな話の時に笑ってるんじゃない」 って怒られるから、あながち否定はしないけど、おれだって真剣な顔することはある。それをからかうように笑うから、コツンと叩く真似をする。

「やめろよ、病人だぞ?」
自虐ネタまで飛び出すから、本当にどうしたんだって疑ってしまう …… こんなに朗らかなのは、中等部以来かもしれない。


だから、体調が優れないのを目の前にしても、おれは回復を信じて疑わなかった。






「画を描こう」 と話していた頃を見に行く → 『 はかなく笑うキミがいる 』 




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村    ←来訪記念にポチッと頂けると励まされます。

theme : 自作BL小説
genre : 小説・文学

キミのいない世界 5 

―― 桜が咲いたら、見に行こう。

本当はもっと遠くの川辺で、桜並木の下に菜の花が群生している場所へ行こう …… って約束だったけど、あいつの体調が芳しくないから、例年通り冴木家の桜を見ることにした。

それでも、降三やマスターはいい顔しなかったけど、今じゃなきゃ見られないし、あいつも行きたがってるし …… と、半ば強引に連れ出した。



「寒くないか?」

「…… ん。」
背中で返事する声が細い。


「おい、本当に大丈夫か?」

一時期は 「寒い」 ばかり言っていたらしいが、気候がよくなってきた所為か、最近ではそうでもなくなってきた …… そう聞いている。
実際、寒がっていた現場を見ていないから実感が沸かないけど、もうすぐ4月だというのに、パジャマの上に寝巻きを着て部屋の暖房も強くしているから、寒さに弱いのは変わらないのだろう。
だから、互いの体温で暖かいだろうと、車椅子ではなく敢えて背負って出てきたのに、それでも足りなかったのかと心配になった。


「…… 大丈夫だよ。大袈裟だな。」
丹前を着て靴下2枚の上からサンダル、更に毛布で包まれたあいつの含むように笑う気配がする。

「だって ……。」

「下ろして。一緒に見よう?」

丁度、そこにベンチがあるから …… あいつの細い手が、桜の木の下に設えた木のベンチを指す。
このままでいいのに …… そう思ったけれど、着ていた革ジャン脱いでベンチに敷いて、ニット帽を脱いで被せたら、「大袈裟だ」 って苦笑いする。

「自分のウチなのに、ここまで出てくるの遠かったな。」
もう随分、庭にさえ出ていなかったと春の陽射しの中微笑むから、それが眩しくて目を細める。

散り始めた花びらが一枚、風に流されてゆっくりと落ちる。



「ごめんな。」

「何?」

ひらりひらりと落ちてくる桜の行方を追っていた目をおれに戻して、少しだけ首を傾げる癖はいつもと同じだ。でも、その動作がいつもより少しだけ緩慢でぎこちないことや、こけた頬や首筋に衰弱の影を感じて、心の中は変に落ち着かない。

「―― だって、この間約束したろ? 菜の花と桜を見に行こうって。あの時、ちゃんと連れて行けって言ってたのに、やっぱりココで ……。」

一時は持ち直してきた食欲もすっかり地を這い、眩暈は相変わらずだし、本当はこんなことしていられる体調じゃない。なのに、無理を言って出てきたのが庭続きの冴木家本宅だなんて、あんまりショボ過ぎる。


「…… そんなこと、気にしなくてもいいのに。毎年の行事なんだから、ココでいいんだよ。」

それに ――。 

「もしも頑張って遠くへ出掛けようとしたら、こんな風に2人で出られなかっただろ?」
そう続けるけれど、おれは約束の場所へ連れて行ってやりたかった。





ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村    ←来訪記念にポチッと頂けると励まされます。

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

キミのいない世界 6

「16の春。リハビリセンターに転院する前に数日範の家に帰ってきた時、じいさんとよくココで花見したっけ。」

毛布から左手を少し出して、落ちてきた一片を受け止めようとする。

「……。」

あの頃、範はまだ店中心だったから、忙しい昼の時間帯は祖父が相手をしてくれていた …… と懐かしそうに話す。
―― あいつが思い出話をすることはとても珍しい。

「でも、その頃俺体中大怪我だし、記憶飛んでて言葉もよく出なかったから会話成立しなくて、じいさん昔のふっるい歌とか歌いだして可笑しかった。」
楽しそうに話すから、その情景を想像しておれも笑いたくなる。
離れて暮らしているけれど、祖父さんがあいつを可愛がっているのは、おれもよく知っている。

「その後は、18の春。久保田に会っちゃって …… あれは、失敗だったけど、その後はなんだかんだと、範がみんな集めて毎年花見してるし。」

“ 事件 ” の後、J 大付属病院の精神科に転院した頃のことをこんな風に流せるのかと、内心驚きながらおれは、黙ってあいつの話に耳を傾ける。

「な? ここでの思い出も結構あるだろ?」
甘えるように、ことんと体をおれの肩に凭れ掛からせる。

「でも、晃。連れて行ってやれなかったお詫びに、何か他の事してやるよ。何かないか?」 

約束を違えたことへの気遣いだろうか …… そう思ったらまた少し切なくて、おれはまた気休めのような約束をしようと口走る。



「―― 立って小便がしたい ……。」

かなり長いこと、言おうか言うまいか複雑な顔をしていたが、一大決心でもしたように …… でも、本当に小さな声でそう言った。

「…… え?」

「目が回ってちゃんと立てないから危ないって …… もう随分、寝たままだろ?」
俯いたまま、顔をかすかに赤らめて …… 男だし …… そう呟く。

「…… ……。」

男としての矜持がどこにあるのか、こんな所から知るのはなんだかやり切れなくて、すぐに返事が出来ない。

「…… ごめん、ヘンなこと言った。」

おれの反応がより羞恥を誘ったのか、みるみる耳まで赤くなっていくのを見て胸が苦しくなる。


「―― もう帰ろう?」
言わなきゃよかった …… そんな顔で促すから、余計に動けない。

あいつは、おれが拒否したと受け取ったに違いない …… そうじゃないのに。
一瞬止まった所為で、ここまでの雰囲気を壊してしまった …… あいつに恥ずかしい思いを抱かせてしまった …… そんな自責の念でおれの頭の中は爆発寸前なのに。


「木村?」

もう一度促すから、おれの中で何かが火を噴いた。





「手伝ってやるよ。」

勢いよく立ち上がって宣言するおれに、今度はあいつが目を見張った。




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村    ←来訪記念にポチッと頂けると励まされます。

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

ブログ内検索
日記
猫ばかです。時々人間ネタもあり。

リンク
プロフィール

akaesaki

Author:akaesaki
地味にひっそり咲く花…を目指し、片隅で更新中
後書き代わりに30の質問
小説書きに100の質問
本棚バトン
マンガ好きへの100の質問攻め
akaesakiさんの読書メーター

リクエスト募集中!
コメント欄で内容を教えてください。
無料アクセス解析
どの頃が好き?
無料アクセス解析
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ